文化財の修復からみた身体哲学 東京都にしむら治療院

昨日に引き続き、今回も哲学して行きたいと思います。

文化財を修繕する時、例えば布の修理をする時に、後から新しい布を足す場合、その新しい布が古い布より強いと却って傷つけることになる。

修繕するものとされるものの力関係に差があるといけない」

これは果たして、工芸品に限ったことでしょうか。河合隼雄先生は心理療法では助けに行く人が強すぎてはならないと文化財の修繕を例にして説明されていました。

もしかすると、整形外科領域でも言えるのではないでしょうか。
人工関節置換術によって股関節や、膝関節の機能を改善することはよく見かけますが、それから他の場所が痛くなる例がとても多い気がします。

他の関節が、新しい関節との協調ができず、なじむことができていないようです。
まさに文化財の修復と似ています。

置換術によって改善した部位になじむ様に他の関節の機能を少しずつ改善させることで、身体にハーモニーが生まれます。

 

河合隼雄先生の言葉に戻ります。
施術者のパワーも関係していることが、臨床を通じて経験できます。

高齢者の施術の場合、力加減やスピードを相手に合わせなければ、関節の治療はうまくいきません。
関節運動学的アプローチには、その人と一体化し、あたかも患者さん自身が動かしているかのように施術することが重要です。
その人の動きに合わせる、そしてリードする、でも引っ張っては行けない。

同じことをスポーツ選手にやると確かに改善するのですが、もう少しはっきりとした方法も用いなければなりません。
意識下を意識化することが重要視されるスポーツの分野では、意識化のためにわかりやすくすることも大切だと感じています。

年齢や職業の差だけではありません。
長いこと体調の悪い方、例えば仕事に行くことさえも辛い。
こういった患者さんを施術する場合は、相手が若くても、強すぎてもいけないし、同じパワーでもいけない。
支えれる強さを持ちながらも、圧倒させてはいけない

 

最近参加させていただいているディベートやディスカッションの勉強会でも意見を強く持つ立場も必要であれば、強い言葉は持たず流れを導く立場も必要であると学ばさせていただいています。
さらには自分は空っぽになり、すべてを包み込み、さらには隙間を補うような立場も必要である。

色即是空、空即是色

六角ディベートの空はリーダーでありながら、目立つことなくすべてを包む立場であると・・・。深い

文化も社会も人も物も自然もすべて共通の何かがある気がします。
毛利さんの言葉を借りればユニバソロジー

さて、今週末からまた山口県の方へ出張して参ります。5/22~24

20代から90代までの施術がありますので、今日、書いたことを感じながら、たくさんの人の苦悩を軽減できる様にしたいと思います。

またお休みいただきますがよろしくお願いします。

 

東京都港区芝5-27-5山田ビル503

03-6435-2437 nishimura@hari.space

にしむら治療院ホームページ

西村 公典

 

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大腰筋は触れるのか 「触る」の哲学 東京都にしむら治療院

大腰筋は触れるか

この話題は昔から議論されています。

まず「触れる」という言葉の定義が曖昧すぎる気がします。

身体の内部に存在するものは直接触れることはできません。

皮膚や脂肪組織を介しているわけで、どの筋肉も「触れ」ているのでしょうか。

先日もモーション・パルペーション(動きの触診)のセミナーでも、大腰筋は触れますかと話題になりました。

エクササイズやトレーニングなど、自動運動では改善できない「関節の遊び」を検査する技術をモーション・パルペーションと言います。

MPSGで学べます。

関節の動き(関節の遊び)だって「触れる」のかといえば、「実体に触れる」ではなく「機能を感じる」ことになります。

つまりは「感じれる」が「触れない」

この変換に気づくまで、「動き(可動性)を感じる」という感覚の認知ができる様になるまで何度も動きの知覚について教わらなければなりません。

関節の動きを触ろうとすれば強く押してしまい、逆に動きは制限されます。

動きを受け取るイメージで行うと、柔らかいタッチで操作できるため動きを触診することができます。

昔に学んだ「知覚や認知の獲得」についてはこちら

また「触れる」について話を戻します。

この「触れる」を英訳するとどの言葉が正しいのでしょう。

「touch」なのでしょうか。

自分の中での大腰筋の触診や、モーション・パルペーションのイメージは「affect」です。

直接触るというよりは

身体の内部にある緊張が私の手に影響を与える

イメージです。

関節を動かす時もaffectのイメージで行うと、弱い力で操作できる様になります。

touchからaffectの違いに気づいてから、神経の機能的触診もわかる様になりました。

神経の働きも触診できる様になります。

言葉遊びの様に思うかもしれませんが、適した言葉を探すことは今までとの違いに気づくキッカケになります。

言葉に頼り過ぎて迷子になる危険もありますが、非常に重要なことだと感じています。

このような言葉遊びや、議論するのに適した学びは六角ディベートで学ぶことができますので、興味ある方はご連絡ください。

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西村 公典

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自(みずか)ら・自(おの)ずから 治療家というファシリテーター 東京都にしむら治療院

ファシリテーター」という言葉を最近よく耳にします。

そこでちょっと調べてみると、我々施術家もファシリテーターに近い存在なのではないかなと感じました。

ウィキペディアで調べると「共にある」「気づきを与える」「援助的である」「状況への感受性が豊かである」「先走らない」「観察者」「場の責任者」などなど記載してありましたが、どれも我々に必要な言葉であると認識しています。

 

患者さんと共に歩みながら、気づきを与え、患者さん自身の力で苦悩からの解放へと導くための治療家・ファシリテーターとなるためにはどのような思考を持たなければ行けないのかを考えてみたいと思います。

 

去年末からでしょうか、思考やコミュニケーションの勉強のためにディベートの勉強をさせて頂いています。

私が勉強させて頂いている松本道弘先生の六角ディベートでは、「」というパートが存在しています。

かたづけ士の小松先生とのコラボイベント「満月に始める思考の整理術 六角ディベートセミナー」の最終日が昨日あり、この「」について学びました。

」の役割こそがファシリテーターなのではないか・・・。

六角ディベートについて知りたい方は私では役不足ですので先生方へとお繋ぎ致します・・・。

 

小松先生からのお言葉

「片付け」の基本「分けること」これは「分かる」ことである。

片付ける」という手段を用いて「片付く」という状態にする。

ヘーゲルの弁証法に近い世界を感じます。
テーゼとアンチテーゼに別れるが、それがより高い領域、世界観でアウフヘーベンする。

捨てられたものはアンチテーゼに属するかもしれないが、捨てることによってアウフヘーベンへの気づきに繋がるのでは・・・。

 

松本先生のお言葉

「空」とは「自(みずか)ら」という人の手によって行う結果、「自(おの)ずから」という自然の結果へと導く

このような話がありました。

自(みずか)らは人工的ですが、自(おの)ずからは自然である。

私の語彙力ではなかなかお伝えできないのが心苦しい・・・。

この思考の変化はとても大きなものがありました。

 

徒手治療も同じで、いろんな手技によって手を加えるものの、それはあくまでinnate intelligence人間が生まれながらに持つ自然治癒力を引き出すことです。

自(みずか)ら手当を行い、自(おの)ずから解放の道へと導く。

夏目漱石の夢十夜の中に登場する木彫りがまさにこのことを言っている気がします。

「木を彫って仁王にするのではなく、木の中にいる仁王を掘り起こす

治療もこのような感じでしょうか。

患者さんの中にあるイネイト(自然治癒力)を彫り起こす作業が治療である。

 

治療家はファシリテーターであり、「空」であるなと感じました。

 

 

常にいろんなフィルターがかかった世界に生きているため、言葉の使用方法を少し変えるだけでいくつかのフィルターが外れ、普段の情報の取り方も変わり、世界が変わって見えてきます。

そのためにも思考の整理術はとても大切であると感じています。

なかなかインパクトのあるイメージを与えることができませんが、少しでも診ている世界に変化があれば、書いてみた甲斐があったと思っています。

 

にしむら治療院 西村 公典

 

 

 

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